大分地方裁判所 平成5年(ヨ)23号 決定 1995年2月20日
第二三号事件債権者
南春信
同
南春子
第一〇八号事件債権者
宮本浅吉
同
神野昭吉
右四名訴訟代理人弁護士
德田靖之
同
岡村正淳
同
吉田孝美
同
河野善一郎
同
安東正美
同
佐川京子
同
古田邦夫
同
工藤隆
同
山﨑章三
同
鈴木宗嚴
同
河野聡
同
瀬戸久夫
同
荷宮由信
両事件債務者
亀柳機動建設株式会社
右代表者代表取締役
吉良英司
右訴訟代理人弁護士
立花充康
同
三井嘉雄
同
後藤尚三
同
千野博之
同
秦文生
主文
一 (第二三号事件債権者南春信及び同南春子両名の申立てに基づき、)
債務者は、別紙(1)土地目録の土地に設置した産業廃棄物最終処分場を使用、操業してはならない。
二 第一〇八号事件債権者宮本浅吉及び同神野昭吉両名の申立てをいずれも却下する。
理由
第一 債権者全員の申立て
債務者は、別紙(1)土地目録の土地に設置した産業廃棄物最終処分場を使用、操業してはならない。
第二 事案の概要
債務者は、平成三年法律第九五号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「旧廃掃法」といい、改正後のそれを「廃掃法」という。同改正法施行日は平成四年七月四日)一五条一項に基づき、別紙(1)土地目録の土地(以下、同目録の土地を個別にいうときは「本件土地(一)」との要領でいう。その位置関係は、おおむね、別紙(2)及び別紙(3)(地形測量図、第二三号事件の疎乙二(以下、特にことわらない限り同号事件の疎号証を示す。)の肩数字14及び乙二〇)の赤線で囲んだ部分である。)に、平成四年政令第二一八号による改正前の廃掃法施行令(以下「旧廃掃令」といい、改正後のそれを「廃掃令」という。)七条一四号ロに規定されている安定型産業廃棄物の最終処分場(以下「本件処分場」という。当初計画によるその施設構造の概要は、別紙(4)(乙二の肩数字15の施設構造図)のとおりである。)を設置し、平成五年四月一日から操業を開始し、同月二九日の同処分場最下部のえん堤部分の決壊事故(後記第六の五の1の(1)参照)により、大分県から操業の一時中止を命じられ、その修復工事の後、同年八月一日から操業を再開した。
債権者南春信は、同処分場付近の土地及び同地上の建物(以下「債権者南宅」という。)を所有し、妻の債権者南春子(以下両名を「債権者南夫婦」という。)とともに居住し、また、債権者南夫婦は、同処分場排水口からの排出水が舟平川に合流し(以下「舟平川合流点」という。)、舟平川がその下流において更に七瀬川に合流する場所(以下「七瀬川合流点」という。)より上流の七瀬川べりにある給水施設(簡易水道)で取水される地下水を、債権者宮本は、七瀬川合流点の下流の七瀬川べりにある給水施設(簡易水道)で取水される地下水を、債権者神野は、七瀬川合流点の下流の七瀬川べりにある井戸で取水される地下水を、それぞれ飲用水として使用している。
同処分場の操業により、債権者全員は、債権者らが飲用水として使用している七瀬川の地下水が有害物質で汚染され、又は汚染されかねない深刻な被害を受けており、また、債権者南夫婦は、同夫婦が居住している債権者南宅敷地の地盤崩壊の危険に直面し、生命、身体に危険を生じているのみか、粉塵、騒音、振動、悪臭等の発生により、その平穏な生活を侵害されていると主張して、債権者南春信は土地、建物の各所有権に基づき、さらに、債権者全員は人格権に基づき、同処分場の使用、操業の差止めを求めるのが、本件仮処分命令申立事案である。
第三 はじめに
債務者は本件処分場で産業廃棄物(以下「産廃」という。)の投棄、埋立て事業を操業中であるところ、同操業により、債権者らの有する人格権又は所有権を侵害し、その程度が、社会生活上、債権者らにおいて受忍すべき限度を超えていると認められる場合には、右侵害行為は違法性を帯び、債権者らは、債務者に対し、人格権又は所有権に基づき、右侵害行為の差止めを求めることができるところ、その受忍限度は、侵害する側と侵害される側の各権利の性質、その他諸般の事情を比較考慮して決せられるべきであり、債権者らの主張する被保全権利の侵害の有無は、かかる観点から判断されるべきものである。
第四 本件処分場及び債権者らの位置関係等
一 本件処分場の概要
本件処分場の概要は、一応以下のとおり認められる(甲六、乙二、四、審尋の全趣旨)。
1 施設の種類は、最終処分場(安定型)である(旧廃掃令七条一四号に定める三種類のうち、同号ロに該当する安定型の最終処分場)。
2 処理する産廃の種類は、廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くず並びに建設廃材の五品目(いずれも、ポリクロリネイテッドビフェニル(PCB)の付着、封入されていないもの。以下、便宜「安定五品目」という。)である。
3 処理能力は、施設面積六万〇二九〇m2、容積九一万二〇〇〇m3。
4 処理方法は、埋立処分(安定型)であり、サンドイッチ工法により埋め立て、最終覆土を一m施す。
5 施設からの排出水の処理方法は、施設内及び周辺の雨水を、えん堤上底部の雨水集水口より、えん堤内排水管を経て、下部水路に放流し、七瀬川を経由し大分川に至る(以上甲六)。
6 投棄口は、施設北端部、標高約一四〇mの地点に一か所設ける(別紙(4)参照)。
7 えん堤は、施設南端部の標高約六〇mの地点に、幅約七〇m、高さ約二〇mのものを設ける。
8 雨水集水口は、えん堤上底部に一か所設ける。
9 雨水排水管は、えん堤内に直径八〇cm、長さ七六mのヒューム管を敷設する(乙四)。
10 排水処理施設は、えん堤北端より北方向約一五m地点に設置する栗石及びクラッシャランを敷き詰めた容積五五m3(5m×5m×2.2m)の沈澱槽より南方向一一m地点に栗石を敷き詰めた容積二四m3(4m×4m×1.5m)のふとんかごを設け、雨水を二重にろ過した後、下部水路に放流する(乙四、審尋の全趣旨)。
11 施設東部に、北東方向から南西方向に幅約一〇m、長さ約二六〇mの道路を設ける(別紙(4)の取付道路)。
二 債権者らの居住地と飲用水の利用
1 債権者南夫婦の場合
債権者南夫婦は、昭和四八年八月以降、本件処分場北側の幅約五mの二四五二番六の土地(甲一〇の1・2)に接する別紙(2)の二四五二番五及び同番二(別紙(5)の南宅、別紙(6)の①。以下「債権者南宅敷地」ともいう。)上の債権者南宅に居住し、同処分場からの排出水が舟平川を経て七瀬川に注ぎ込む七瀬川合流点の約五〇m対岸から更に約六〇m上流域(乙二四の第七項)にある舟ヶ平地区給水施設(別紙(6)の町営舟ヶ平給水施設。簡易水道)で取水された水を飲用水として利用しているところ、同施設は、七瀬川べりの大分郡野津原町大字野津原字一ノ瀬河原一五九〇―二番地に設けた、深さ一〇mの浅井戸で地下水を汲み上げ、同所の消毒室で次亜塩素酸ナトリュウムを注入し、消毒、浄化した上、同町大字野津原字舟ケ平二五二九―三番地にある配水池に送水、貯水し、そこから債権者南夫婦を含む一四戸に配水している(甲二二、乙二の肩数字43・45)ことが一応認められる。
2 債権者宮本の場合
債権者宮本は、昭和二十四、五年以降、別紙(6)の⑪に居住し、七瀬川合流点下流域(別紙(6)の図面から推測すると、同合流点から約4.5Km下流域)にある田吹橋脇の田吹地区給水施設(別紙(6)の町営田吹給水施設。簡易水道)で取水された水を飲用水として利用しているところ、同施設は、七瀬川べりの同町大字廻栖野字新界二六八一番地(別紙(6)の図面から推測すると、同川岸から約七五ないし一〇〇mの地点)に設けた、深さ一二mの浅井戸で地下水を汲み上げ、消毒、浄化の上、同町大字廻栖野字田吹原三三八二番地にある配水池に送水、貯水し、そこから債権者宮本を含む一八戸に配水している(甲二二、二九、乙二の肩数字43・45、第一〇八号事件甲一一)ことが一応認められる。
3 債権者神野の場合
債権者神野は、平成二年以降、別紙(6)の⑩に居住し、七瀬川合流点下流域(別紙(6)の図面から推測すると、同合流点から約三Km下流域)の七瀬川川岸から約一八mの地点にポンプを設け、地下約三〇mの地下水をパイプを通じて汲みあげ、特別の消毒、浄化をしないまま、飲用水として利用している(甲三〇、第一〇八号事件甲一二)ことが一応認められる。
第五 被保全権利の有無・その1―安全な飲用水を確保する権利の侵害の蓋然性の有無(債権者全員)
一 安全な飲用水を確保する権利―本件処分場からの排出水による債権者らの飲用水の汚濁の有無
人が、人格権の一内容として、生存、健康を損なうことのない、安全で、かつ、汚れ、臭気等のために、一般通常人の感覚に照らして飲用に供するのに不快感を与えない適切な水を確保する権利(以下、便宜「安全な飲用水を確保する権利」という。)を有することは自明である(水道法三条一項、四条参照)ところ、債権者らは、自己の飲用水の水源になっている七瀬川の伏流水である地下水に、本件処分場に投棄された産廃からの浸出液が混入し、将来、健康を損なう有害物質を含んだり、汚れ、臭気等が生じて、当該水が一般通常人の感覚に照らして飲用に供するのが不適当な状態となる高度の蓋然性があると主張して、同処分場の使用、操業の差止めを請求している。
二 本件処分場からの排出水と債権者らの飲用水との関連性
1 双方の主張の骨子
本件処分場からの排出水に産廃からの浸出液が混入し、債権者らの飲用水に含まれることになるかどうかにつき争いがある。
すなわち、債権者らの飲用水の給水施設は、地下水を取水しているところ(前記第四の二参照)、債権者らは、右地下水は、同処分場の排出水が流れ込んでいる七瀬川の伏流水であると主張するのに対し、債権者は、同処分場の地質は水が浸透しにくい不透水性の地盤であるから、同処分場に投棄、埋め立てられた産廃間を通過した雨水が土中に浸透して地下水に混入することも、債権者らの飲用水の水源となっている地下水に混入することもなく、特に、債権者南夫婦の飲用水の給水施設は七瀬川合流点よりも約五〇m対岸の約六〇m上流域にあり、債権者宮本の飲用水の給水施設は七瀬川川岸より約七五ないし一〇〇m離れており、債権者神野の飲用水の取水施設の井戸は地下三〇m地点の水を汲み上げているから、いずれも同処分場からの排出水が流れ込む七瀬川の伏流水というものではないと主張して、債権者らの飲用水と同処分場からの排出水との関連性を否定する。
2 当裁判所の認定及び判断
(一)(1) 伏流水とは、循環性の地下水として、河川や湖沼などの地表水が地下に浸透して地中を流動しているものであり、水質的には母体である地表水の影響を直接的に受けている可能性が強いところ(甲四七の七〇頁)、平成五年一月一四日実施の水質調査結果では、田吹給水施設(前記第四の二の2参照)の水源水と廻栖地区(位置関係については別紙(6)参照)の七瀬川の水の主要化学成分は、七瀬川に合流する他の支川(安友川、園田川)の主要化学成分との比較においても極めて近似している(甲五〇)ことが一応認められるから、田吹給水施設の水源水は、地表水である七瀬川の影響を直接受けていると一応推認される。
(2) 債務者作成の環境調査報告書(乙二の肩数字43)でも、廻栖地区簡易水道(前記第四の二の2の田吹給水施設のこと)は七瀬川側より伏流水として取水している旨説明していることが一応認められる。
(二) 右(一)の事実に、債権者神野の井戸の設置場所(前記第四の二の3参照)を合わせれば、債権者宮本が使用している簡易水道(田吹給水施設)の水源及び同神野が使用している井戸の水源は、いずれも本件処分場からの排出水が流れ込んでいる七瀬川合流点下流の七瀬川の伏流水であると一応推認される。
(三) しかしながら、債権者南夫婦が使用している簡易水道(舟ケ平地区給水施設)の取水口は、七瀬川合流点よりも約五〇m対岸の、かつ約六〇m上流域にある(前記第四の二の1参照)から、その水源を七瀬川の伏流水と認めることはできても、その伏流水に本件処分場からの排出水が流れ込んでいるとまで推認することはできず、他に、これを疎明するに足りる証拠はないから、債権者南夫婦に関しては、安全な飲用水を確保する権利を被保全権利とする本件差止請求は理由がない。
三 債権者宮本及び同神野の安全な飲用水を確保する権利についての主張の骨子(本項で債権者らというときは右両名を指す。)
1 有害物質混入の可能性
本件処分場は、安定五品目を投棄し、覆土していくもので、浸出液による公共の水域や地下水等の汚染を防止する措置を講じることは、(旧)廃掃法の建前上、予定されてない。しかしながら、安定五品目と言われる産廃の中には、有害重金属、アスベスト等有害物質が付着するなどしているものがあり、その分別は不可能である上、そもそも安定五品目以外の廃棄物が投棄される可能性もあり、これを防止する有効な手段はなく、本件処分場においても、十分な分別、選別は実施されておらず、本件予定されていない物が投棄されており、マニフェストシステムや選別工程も有効に機能していない。
2 有害物質混入の証拠の存在
各測定点における経時的な電気伝導度の測定結果及びその推移状況並びに水質検査の結果、排出水からカルシウムイオンと硫酸イオンが検出されたことは、本件処分場内に多量の有害廃棄物が投棄され、降雨時、ろ過されることなく同処分場外に有害物質が流出したことを示唆し、SS(浮遊物質量)、BOD(生物化学的酸素要求量)、COD(化学的酸素要求量)、DO(溶存酸素量)の各測定結果及びその推移状況は、同処分場内から流出した産廃の浸出液が、治山ダム、舟平川を経て七瀬川に流入し、七瀬川の水質汚染が急速に進行していることを裏付けるものである。債権者らは、その七瀬川の伏流水を取水したものを飲用水として利用しているから、右伏流水が現実に汚染される前に、七瀬川の水質汚濁のおそれを阻止しないと、債権者らの生命、健康の安全は保たれない。
3 債務者の環境保全関連法規の遵守態度は極めて問題があり、今後、同関連法規を遵守するかどうか疑問である。
4 本件処分場の崩壊による有害物質混入の可能性
債務者は、本件処分場設置に際し、広範囲にわたり森林を皆伐しているため、同処分場斜面が崩壊する可能性が増大している上、森林自体の浄化機能を期待することもできない状態であり、同処分場のえん堤、あるいは、同処分場自体が崩壊するなどして、多量の産廃が七瀬川に流入した場合、更に深刻な水質汚濁を招くことになる。
四 債務者の主張の骨子
1 水質汚濁防止のための措置
本件処分場は安定五品目の投棄を目的としており、有害物質は含まれない。安定五品目以外の産廃の持ち込みを防ぐため、債務者は、選別工程及びマニフェストシステムを採用し、産廃投棄の際、運搬車両から、いったん産廃を降ろした上、伝票の記載と照合している。また、埋立てにはサンドイッチ工法を採用しているが、同工法は、産廃飛散防止、悪臭・害虫等の発生防止、産廃の浸出液の流出による公共の水域や地下水の汚染の防止、産廃の早期分解の促進、土中温度の保持にも有効である。
また、同処分場には、知事による立入検査(廃掃法一九条)、生活環境の保全上支障がある場合の措置命令(同法一九条の四)、社団法人大分県産業廃棄物処理業協会による自主的監視の実施が予定されている。
2 有害物質混入の証拠の不存在
(一) 水質の判断基準
本件処分場周囲の水質の状況は、水質汚濁防止法及び公害対策基本法に基づく排水基準に適合している。
(二) 電気伝導度は、水中の溶存イオン量を示すものにすぎず、電気伝導度が高いことから電解質の多い物質が混入しているとは言えても、有害物質が混入しているとは言えず、また、その測定結果は、イオンの種類、濃度、水温等によって大きく左右されるから、水塊の異動の判定、河口などにおける塩水と淡水の混合状態の調査など、水質の異なる水の存在の調査に利用することはできても、有害物質の混入やその量など排出水の汚染状態を知るための手段としては相当ではない。右(一)の各基準においても、電気伝導度は、その基準として採用されていない。
本件処分場周辺水域のBOD、DO、SS等の各測定結果は、良好な数値を示し、または、深刻な影響を与えていない。仮に、同処分場からの排出水が高度に汚染されていたとしても、右排出水が舟平川を経て、七瀬川に合流する間、相当希釈される。同処分場操業開始後も水質汚濁は認められていない。債務者は、水質汚濁の徴候が認められれば、直ちに有効な措置を講ずる予定である。
(三) 本件処分場にコンクリート類の投棄が予定されている以上、排出水からカルシウムイオンが検出されるのは当然であり、硫酸イオンの検出があったとしても、硫酸イオンの起源が、産廃中に混入した硫酸であるとは言い切れないし、硫酸イオンそのものの人体への影響も明白ではない。
3 債務者は、当然のことながら、環境保全関連法規を遵守しており、今後も同様である。
4 本件処分場に崩壊のおそれはない。
五 当裁判所の認定及び判断
1 有害物質混入の可能性
(一) (旧)廃掃法上の建前は、債務者が右四の1で主張するとおりであるが、本件処分場と同じ安定型最終処分場において、その排出水中から同法上予定されない有害物質が検出された例、同法上予定されない有害重金属の付着した物が投棄された結果、周辺環境に深刻な影響を与えた例も多数報告され、安定型最終処分場の安全性が社会問題化している(甲八、三五の1・2、四五の1・2、五九〜六五、第一〇八号事件甲九)ことが一応認められる。
もちろん、右事実から、本件処分場においても、同法上予定されない有害物質が投棄されるおそれがあると推認するのは速断にすぎるが、法規上、埋立処分場からの浸出液によって公共の水域及び地下水を汚染するおそれがある場合には、そのおそれがないよう必要な措置を講ずるよう規定されている(廃掃令六条三号、三条三号ロ)ほか、特段の規制もなく、同処分場においても沈澱槽や廃棄物流失防止のためのコンクリート片による仕切堤(小えん堤)、サンドイッチ工法による覆土等以外には排出水の有効な浄化措置はとられていない(乙二)ことが一応認められることに照らすと、結局、債務者において、同処分場内に安定五品目以外のものが投棄されることを防止するためにどのような措置を講じているのか、またその措置は現に有効に機能し、今後もそれを期待し得るのかどうかという点が、右防止措置としては最も肝要であり、最低限の条件ともいえる(廃掃令六条三号ロでも、安定型最終処分場に安定五品目以外の廃棄物が混入するおそれがないように必要な措置を講じるよう規定している。)。
すなわち、同処分場に投棄される廃棄物に、飲用水にとっての有害物質が現に混入している場合はもちろん、混入を防止する措置が十分に施されず、あるいは右措置が有効に機能せず、将来、右混入の蓋然性が高い場合、または、同処分場に関する債務者の環境保全関係法規の遵守状況に疑惑が認められるような場合には、債務者において債権者らの権利を受忍限度を超えて侵害することのないよう十分な防止措置を講じているとはいえず、将来、債権者らの安全な飲用水を確保する権利が侵害される高度の蓋然性が肯定できる場合もあり得ると解される。
かかる観点から、以下検討する。
(二) マニフェストシステム(積荷目録制)とは、産廃処理において、産廃の性状が十分把握されないまま処理されることによる事故や環境汚染の発生、産廃の広域的な処理の増大により不法投棄等が増加している状況において、排出事業者がその処理を委託した産廃の流れを自ら把握すること及び排出事業者が産廃の処理を産廃処理事業者に委託する場合、産廃の性状等に関する情報を正確に伝達することによって、産廃の移動に関する管理体制を強化し、もって、生活環境の保全、公衆衛生の向上を図るため、産廃の性状、取扱い上の注意事項等を記載した一組四枚綴りの所定の複写式伝票からなる積荷目録(マニフェスト)を産廃の流れの中に組み込み、マニフェストの管理を通じて産廃の流れを管理するもので、マニフェスト実施要綱のもとに、平成二年四月一日から実施されている(平成二年三月二六日衛産第一八号、各都道府県知事・政令市長宛、厚生省生活衛生局水道環境部長通知)ことは、当裁判所に顕著である。
同システムが適正に実施された場合には、監督官庁による指導、監督が期待できることとあいまって、安定型最終処分場に本来予定されない産廃が投棄される可能性を極力減少させることができるものであるが、適正に実施されるかどうかは、排出事業者、運搬事業者、処理事業者等関係者の運用に任されているから、同システムが採用されているからといって、それが、安定五品目以外のものが投棄されることを防止する有効な歯止めになっているかどうか速断できないところ、実際も、各地における産廃処分場で、同システムが適正に実施されているかどうか危惧されている(甲四五の2の二四頁、第一〇八号事件甲六の2)ことが一応認められる。
(三) 本件処分場では、平成五年八月八日、中間処理を施していない古タイヤ(甲三一の写真1。安定五品目中の廃プラスチック類に該当し、中間処理を施し、一五cm以下に破砕することとなっている。乙八、五七)、同月二二日、中間処理を施していない古タイヤ(甲三一の写真2)の各投棄が確認され、平成六年一月一二日、中間処理を施していない相当量の古タイヤ(同写真の18・19)の投棄が債務者の操業状況を監視していた周辺住民によって確認されて、同月一七日、大分県に抗議が行われ(甲三三)、債務者は、平成五年八月八日分の古タイヤを撤去し、平成六年一月一二日分の古タイヤについては、投棄後、選別段階で発見し、同月一七日、右古タイヤの排出業者に抗議した上、同様の事態が生じないよう同月二〇日付け念書を作成、提出させ、翌月一日、右古タイヤを大分県立会いのもとに搬出し、中間処理を施した(乙三一〜三四、五七)ことが一応認められる。
(四) 債務者は、平成五年一〇月から平成六年七月までに本件処分場に廃プラスチック類を搬入したトラックは五一〇台であるにもかかわらず、中間処理が施されていない廃プラスチック類が大量に搬入されたのは、右平成六年一月一二日確認分限りであるから、選別工程及びマニフェストシステムは有効に機能していると主張し、同主張に沿う証拠(乙五二の1・2、五七)がないでもないが、右(二)、(三)の事実によれば、マニフェストシステムが適正、かつ、十分に機能しているかどうかの疑問は払拭し得ないものである。
2 有害物質混入の証拠の有無
(一) よるべき水質の判断基準
債権者らの安全な飲用水を確保する権利が侵害されているかどうか、または、そのおそれがあるかどうかについてのよるべき水質の判断基準は、実定法を体系的に検討して定立されるのが相当であると解されるところ、債権者らは、飲用水として、本件処分場からの排出水が注ぐ七瀬川の水を直接取水して飲用水としているわけではなく、給水施設で取水されたその伏流水を飲用水としているから(前記第四の二参照)、まずは、右給水施設で取水された水が、水道法四条一甲及び同条二項に基づく(平成四年一二月二一日号外、厚生省令第六九号。平成五年一二月一日施行の)水質基準に関する省令及び公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二号)九条一項に基づく(昭和四六年一二月二八日号外、環境庁告示第五九号の)人の健康の保護に関する環境基準(別表1。乙三六の1。公害対策基本法は平成五年一一月一九日廃止されたが、環境庁告示第五九号の右基準は、同日施行の環境基本法(平成五年法律第九一号)一六条一項の規定により定められた基準とみなされる(環境基本法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成五年法律第九二号)二条)に適合しているかどうかが、安全な飲用水を確保する権利のよるべき水質の判断基準として妥当すると解される(そして、同処分場操業開始後の平成五年四月一九日の債権者宮本が使用している水道水の給水施設の水(乙四〇の2)の水質検査結果は、右水質基準等に適合していることが一応認められる。)。
しかして、債権者らは、各給水施設で取水された水が、水道法の定める水質基準に関する省令及び人の健康の保護に関する環境基準に反していると主張しているわけではないが、同処分場からの排出水が注ぐ七瀬川の水が汚染されれば、右給水施設で取水された水も汚染されるに至るおそれがあり、そうとすれば、右環境庁告示第五九号の生活環境の保全に関する環境基準(同別表2。甲四六の四三六頁、乙六四の四一〜四八頁)や、その他の指標(電気伝導度等)も、債権者らの安全な飲用水を確保する権利侵害の有無のよるべき水質の判断基準として妥当すると主張するので、以下この観点からも検討を加える。
(二) 電気伝導度とは債務者の主張(前記第五の四の2の(二))のとおりであり(乙三〇の一九八頁、乙四一)、COD(Chemical Oxygen Demand、化学的酸素要求量)とは、水中にある被酸化性物質を、酸化剤を用いて酸化分解したときに消費された酸化剤の量から換算された酸素の量を表したもので、水中の有機物量の指標として用いられる(甲四七の七六頁)が、いずれも人の健康の保護に関する環境基準はもちろん、生活環境の保全に関する環境基準(河川類型)にも採用されていないから、債権者らの飲用水の給水施設の水源のもととなっている七瀬川の電気伝導度及びCODを水質基準として採用、検討し、もって、将来、債権者らの給水施設の水が汚染され、安全な飲用水を確保する権利が侵害される高度の蓋然性があるかどうかを判断するのは相当でない。
(三) SS(Suspended Solids、浮遊性物質)とは、水中に含まれる物質のうち、大きさが一μm(一〇〇万分の一m)以上のもので、水の濁りの目安を示し(甲四七の七七〜七八頁)、BOD(Biochemical Oxygen Demand、生物化学的酸素要求量)は、水中にある有機物のうち、主として微生物によって好気的に分解された有機物の量を、それを分解するのに消費された酸素の量をもって表したものであり、この値が大きいということは水の有機的汚濁状態をもたらす可能性が高いことを意味し(甲四七の七六頁)、DO(Dissolved Oxygen、溶存酸素量)は、水の有機汚濁状態を表現する水中の酸素量を表す指標であり(甲四七の七七頁)、いずれも、生活環境の保全に関する環境基準(これによれば、河川水の場合(債権者らの飲用水は、いずれも河川水が水源である。)水道一級(ろ過等による簡易な浄水操作を行うもの)に適応するためには、SS二五mg/l以下、BOD一mg/l以下、DO7.5mg/l以上であることが必要)に採用されているが、人の健康の保護に関する環境基準の指標としては採用されておらず、右(二)のとおり、債権者らの場合、右環境庁告示第五九号の生活環境の保全に関する環境基準が安全な飲用水を確保する権利のよるべき水質の基準として妥当するものではないから、右(二)同様、これを債権者らの取水する水が、将来、汚染され、安全な飲用水を確保する権利が侵害される高度の蓋然性の当否の判断基準として採用するのは相当でないと解される。
(四) ところで、仮に、SS、BOD、DOを右判断基準として採用するとした場合、以下の事実が一応認められる。
(1) SSは、本件処分場開発前の平成四年一月二九日の野津原町大字野津原の採取水が六mg/l(乙二の肩数字34)、同開発後の平成五年二月三日付けの舟平川の河川水が一八〇mg/l(乙三七)、同処分場操業後の平成六年三月二八日の舟平川合流点の採取水が七七mg/lを示し(乙三九の2)、
(2) BODは、同開発前の平成元年度の七瀬川(大分川合流点付近)の河川水が0.5〜1.7mg/l(平均0.9mg/l。乙二の肩数字40)、平成四年一月二九日の野津原町大字野津原の河川水が0.6mg/l(乙二の肩数字34)、同開発後の平成五年二月三日付けの舟平川の河川水が2.5mg/l、同処分場排水口の水が一〇mg/l(乙三七)、同処分場えん堤修復後の平成五年九月一三日の舟平川合流点下流の採取水が7.1mg/lを示し(乙三八の2)、
(3) DOは、同開発前の平成元年度の七瀬川の水が8.1〜11mg/l(平均値9.4mg/l。乙二の肩数字40)、右えん堤修復後の平成五年九月一三日の舟平川合流点下流の採取水が7.4mg/l(乙三八の2)を示した。
以上のとおり一応認められるので、右各測定地点における、同処分場開発、操業後のSS、BOD及びDOは、河川水の場合の水道一級に適応するための生活環境の保全に関する環境基準にはほとんど適合していないものである。
(五) しかしながら、
(1) 債権者らの給水施設は、舟平川合流点より下流で、舟平川に比してはるかに豊富な流量を持ち、かつ、河川流路二〇Km以上に及ぶ(甲四九)七瀬川(甲一一の写真3〜10)べりにあるから、右各測定点より相当程度希釈される(乙六三の六八頁)はずである。
(2) 実際、平成五年九月一三日、舟平川合流点で、BOD7.1mg/l、DO7.4mg/l(乙三八の2)であったものが、七瀬川下流の田吹橋下流付近で、BOD1.0mg/l、DO8.9mg/lと推移している(乙三八の3)。
(3) 平成六年三月二八日、舟平川合流点で、BOD0.5mg/l、SS七七mg/l(乙三九の2)であったものが、田吹橋下流付近で、BOD0.5mg/l未満(定量下限値以下)、SS1.4mg/l(乙三九の4)と推移している。
(4) 他方、SSは、平成五年二月三日付け証明書によれば、本件処分場開発後、操業前の、本件処分場えん堤で二四mg/l、希釈されているはずの舟平川河川水で一八〇mg/l(乙三七)、さらに、同処分場操業後の平成六年三月二八日の舟平川合流点で七七mg/l(乙三九の2)と推移している。
(5) BODは、同処分場開発後、操業前の、平成五年二月三日付け証明書(乙三七)によれば、舟平川河川水で2.5mg/lであったものが、同処分場操業後の平成六年三月二八日の舟平川合流点での測定では0.5mg/l(乙三九の2)と推移している。
(6) SSは、平成六年三月二八日、同処分場えん堤で二一mg/l(乙三九の1)であるのが、そこより希釈されているはずの舟平川合流点で七七mg/l(乙三九の2)、BODも平成五年九月一三日の右えん堤で1.9mg/l(乙三八の1)、そこより希釈されているはずの同合流点下流で7.1mg/l(乙三八の2)と推移している。
(7) DOも、平成五年九月一三日の右えん堤で7.8mg/l(乙三八の1)、そこより希釈されているはずの同合流点下流で7.4mg/l(乙三八の2)と推移している。
以上の事実が一応認められる。
そして、右(4)ないし(7)の事実によれば、舟平川の汚染は、同処分場からの排出水だけが原因とは言い切れないことを示しているように一応推認される(乙六〇、六一)。
(六) また、本件処分場に安定五品目のコンクリート類の投棄が予定されている以上、排出水からカルシウムイオンが検出されるのはある程度予想されることであり、硫酸イオンについては、その意義が未だ明らかでなく、どの程度の硫酸イオンが人の身体及び生命に被害を与えるか不明である(乙四一。甲四六の一〇八〜一〇九頁によれば、カルシウム及び(又は)硫酸イオンを水道の水質基準として採用している国(WHOを含む。)があるが、日本では、いずれも採用していない。)から、硫酸イオンの起源が何かをせんさくするまでもなく、舟平川合流点付近の表流水からカルシウムイオン及び硫酸イオンが検出されたこと(甲二五)をもって、債権者らの給水施設の水が、将来汚染され、安全な飲用水を確保する権利が侵害される高度の蓋然性があるともいえない。
(七) そうとすれば、債権者ら主張の各測定値が、本件処分場への有害物質混入の証拠を意味するともいえない。
3 債務者の環境保全関連法規の遵守状況
(一) 本件処分場設置届の時期
産廃処理施設設置者は、旧廃掃法一五条一項では、知事へ届け出るだけでよかったが、同改正法施行日の平成四年七月四日以降は、知事の許可を要するよう改正され、その規制が強化されたところ、債務者は、同法施行日直前の同年六月二九日、大分県知事に同施設の設置届を提出し、受理されたことは当事者間に争いがないところ、債権者らは、債務者の右届出をとらえて廃掃法の脱法行為と批判する。しかしながら、これは、法律の改廃時期に伴いがちな、いわば駆け込み的な届出であり、必ずしもほめられた行為ではないが、違法とまでの評価をすることも当を得ないと解される。
(二) 国有水路の用途廃止手続の遅延
字図上も現地でも、本件処分場予定地中央部(本件土地(三)ないし(八)で囲まれた部分)に国有水路が存在していたところ、債務者は、このことを知りながら(乙二の肩数字一二二)、その用途廃止の承認もないのに、右(一)のとおり、同処分場の開設を届け出、大分県知事により受理されたこと、債務者は、その後の同年七月二二日、右国有水路の用途廃止の申請をし、同年一一月五日、その廃止が承認されたこと(甲二六の2)が一応認められる。
そうとすれば、債務者は、短期間であったとはいえ、国有財産である国有水路を無視し、産廃処理施設設置届けを提出したのではないかとの債権者らの主張には首肯しうるものがある。
(三) 関係住民の同意
(1) 野津原町は、野津原町環境保全条例(甲七)を定め、同条例九条、同条例施行規則六条別表第3は、同条例七条一項一号の、宅地の造成、その他の土地の区画、形質を変更する事業(以下「開発行為」という。)でその面積が一〇〇〇m2を超えるもののうち、開発面積が五〇〇〇m2を超えるものについては、事業予定敷地内の隣地境界線から一六m以内の土地及び建築物の所有者ならびに占有者を関係住民とし、その同意を得なければならないと規定している(甲七の一七一九〜一七二〇頁、一七三六頁)ところ、債権者南春信は、本件処分場の事業予定敷地内の隣地境界線から一六mの範囲(審尋の全趣旨によれば、債務者はこのことを争わない趣旨と認められる。)にある字大迫二〇五〇番、同字二〇五五番一の各山林を所有し、また同南春子とともに昭和四八年八月から、字鍋ケ谷二四五二番二、二四五二番五(位置関係は別紙(2)参照)に居住してきたものであり、同処分場の開発は、開発行為に該当するから、債務者は、同開発に当たっては、右関係住民としての債権者南夫婦の同意を得なければならないのに、それを得ないまま、同開発を進めたことが一応認められる。
債務者は、同処分場における土地の形質の変更は同処分場開発のための付随的なものにすぎず、同条例七条一項二号の指定事業場の新築に該当し、指定事業予定敷地内の隣地境界線から四m以内の土地及び建築物の所有者並びに占有者が同意を得べき関係住民であり、債権者南夫婦はこれに該当しないのであるから、同意は必要ないと主張する。
しかしながら、同処分場設置工事が、同条例にいう開発行為に該当するかどうかは、同条例の目的とするところとの関連において判断すべきであるところ、同条例は、「自然に恵まれた野津原町の風土と文化の香りたかい環境を保持する(中略)を基本理念として町民、事業者、町の三者が総力を結集し、それぞれが責任と自覚をもつとともに事業等により環境悪化や地下資源に悪影響を及ぼす等種々の紛争を未然に防止し、豊かな環境づくりに資する」ことを目的(一条)とし、「環境悪化」を「公害対策基本法二条一項に規定する公害その他良好な環境を悪化させる状態」と、「豊かな環境」を「健康で安全にして快適な生活を営むことのできる環境」と、「事業等」を「環境に影響を及ぼすおそれのあるすべての事業」とそれぞれ定義し(二条)、当該事業が周辺環境に与える影響の程度に対応して、関係住民の範囲を規定している(九条)のであるから、同処分場のように、施設面積六万〇二九〇m2の主要部分において切り土、盛り土、整地工事等の物理的な行為を加え、土地の形状を変える事業が周辺環境に与える多大な影響を考慮すると、同処分場の開発は、単に産業廃棄物処理場の設置に伴う付随的な形質の変更ということはできないし、債務者自身、本件処分場の覆土が終了した後には、そこを一般住宅用宅地とし、公共施設等を設置することも予想されるといっていること(乙二四の第一項、乙五七の第九項)を合わせ考えると、同処分場の開設は、右条例にいう「開発行為」に該当するというべきである。
(2) 本件処分場敷地周辺土地の分筆
しかして、債務者は、債権者南春信所有地の字大迫二〇五五番山林二九八〇m2(平成四年一月三〇日、同番一及び同番二に分筆された。甲一の3)に南接する猪原勝美所有の字鍋ケ谷二四四九番一山林三万九七五八m2(甲一の6)を平成三年四月二三日同人から買い受け、同地を、同年八月八日、二四四九番一の三万九〇二〇m2(本件土地(七)。甲一の6)と同番三の七三七m2(甲一の7)に分筆した(甲一〇の5〜7、甲二一。それぞれの位置関係は別紙(2)参照のこと。以下同じ。)。
同債権者所有の右二〇五五番山林(甲一の3)及び字大迫二〇五〇番山林一万一五八七m2(甲一の1)に南接する岡本政雄所有の字鍋ケ谷二四四八番山林五〇六六m2(甲一の4)は、同年八月八日、同番一の四五八〇m2と同番二の四八五m2(甲一の5)に分筆(甲一〇の3・4)され、その後の同年九月一一日、債務者は、岡本から同番一(本件土地(六))を買い受けた。
債権者南宅敷地である字鍋ケ谷二四五二番二山林九六二m2(甲一の9)、同番五山林四八六m2(甲一の10)の南に接し、本件処分場の設置に協力的な態度を示している猪原吉彦(乙二五)所有の同字二四五二番(本件土地(九)。甲一の8)も、平成三年八月八日、同番一と同番六の山林に分筆された(甲一〇の1・2)。
右各分筆の結果、債権者南春信所有の右各土地は、同処分場予定地との間にいずれも幅約五m(甲一〇の1〜7)の帯状の土地が介在することとなり、右予定地と直接的に隣接しないようになった。
以上の事実が一応認められる。
右分筆経過を、債務者が、平成三年六月から七月にかけて、同処分場について事前説明会を開催し(乙一三)、同年五月一九日から同年七月四日ころにかけて、同処分場設置について関係住民の同意を得ていた時期(乙一六)に照らすと、右分筆登記手続は、同処分場が前記条例七条一項二号の指定事業場であるとの前提で、同処分場設置に非協力的な債権者南夫婦(乙二四)を右関係住民から除外する債務者の意図のもとにされたと一応推認され、この点において、債務者の行為が債権者らの不信をかったのは、当然のことと解される。
(四) 森林法に基づく伐採届等
本件土地(山林)は森林法五条に基づく地域森林計画の対象となっているところ(乙二の肩数字41、乙九)、債務者は、本件土地(五)ないし(九)につき、同法一〇条一項に基づく平成三年九月三〇日付け伐採届出書で、伐採跡地の用途を再造林として提出し(甲五二の2、五三の2。本件土地(九)の届出書は猪原吉彦名義であるが、実質は債務者によるものであると一応推認される。)、その後、同法一〇条の二に基づく同年一〇月三一日付け林地開発許可申請書を提出し、その許可を得、本件処分場を開発した(当事者間に争いがない。)。
森林法は、森林の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もって国土の保全と国民経済の発展とに資することを目的(同法一条)としているのであるから、同法に基づく各届出、許可も右目的に合致していることが求められ、これを受けて、同法一〇条は、森林資源の現状の把握と適正な森林施業の確保のために、開発行為をしようとする者に事前の届出を義務づけ、知事は、地域森林計画を遵守していないと認める場合には勧告し(一〇条の五)、届出書記載の計画が地域森林計画に適合しないと認める場合には、伐採計画の変更を命令することができ(一〇条の六第一項)、開発行為の許可も、開発行為が森林の現に有する災害防止機能、同かん養機能、同環境保全機能に支障、悪影響を与えないかどうかの観点から許否が決せられることとなっている(一〇条の二第二項一ないし三号)ことに照らすと、当初から開発行為を予定しているのに、先行して伐採跡地の用途を「再造林」として伐採届出をし、再造林もしないで、あらためて開発行為の許可を求めることになれば、右開発行為が森林の現に有する災害防止機能、同かん養機能、同環境保全機能に支障、悪影響を与えないかどうかの判断において適正な運用を期し得ないおそれがあり、しかも、同法一〇条一項一号の二において、右開発行為の許可を得ているものは伐採届出が不要とされていることからすると、単なる伐採に止まらず、開発行為としての立木の伐採である場合には、同法一〇条の二の許可制の運用によって対処することが予定されているとも解されるから、伐採跡地の用途を「再造林」とした右伐採届出をし、再造林もしないで、あらためて開発行為の許可を求めた債務者の行為は、債権者らの不信をかっても致し方ない面がある。
(五) 以上のとおり、債務者のとった行為の中には、国有水路の存在を短期間とはいえ無視し、駆け込み的な届出をした行為、野津原町環境保全条例七条、九条等を自己に都合のよいように解釈し、かつ、債権者南夫婦を、本件処分場の開発に伴い同意を得べき関係住民から排除する目的で、関係土地の分筆手続をとった行為、また、森林法に基づく伐採届出及び開発行為の許可申請において、違法な行為とまではいかないとしても、適切さを欠く届出、許可申請を行った行為等、債権者らの不信をかった行為がある点を考慮すれば、同処分場に関する債務者の環境保全関係法規の遵守状況に問題がないわけではない。
ただ、債務者の環境調査報告書(乙二)の作成状況、あるいは、産廃の不当投棄に対する事後措置(乙三一〜三四、五七)、大分県の指導状況、さらには、少なくとも現状においては、同処分場周辺水域において、右2に示したよるべき水質の判断基準に反するような結果は現れていないこと等を考えると、これまで、債務者に右のような債権者らの不信をかうような行為があったというだけで、今後債務者が行うとしている環境保全措置の実行性につき疑問を抱かせるとまで言うには、やはり、ちゅうちょを禁じ得ない。
4 本件処分場の特性による有害物質混入の可能性
債権者らは、本件処分場設置に際し、広範囲にわたる森林伐採による斜面崩壊の可能性、森林自体の浄化機能の喪失により、債権者らの給水施設の水が汚染されるとも主張するが、右汚染は、いまだ、抽象的な可能性にすぎず、そのメカニズムにつき具体的な主張をしないので、これ以上言及しない。
5 結論
以上を総合考慮すれば、マニフェストシステムが適正、かつ十分に機能しているかどうかの疑問は払拭し得ず、また、本件処分場開発のために債務者のとった行為の中に債権者らの不信をかったのは致し方ない面もある。しかし、そうであるからといって、同処分場に投棄される廃棄物に、債権者らの飲用水にとっての有害物質が現に混入しているとも、混入を防止する措置が十分に施されず、あるいは右措置が有効に機能せず、将来、右混入の蓋然性が高いとも、債務者の今後の環境保全関係法規の遵守状況に重大な疑惑が認められるともいえず、また、同処分場からの排出水が汚染されているとしても、債権者らの飲用水の給水施設に至るまでの間に、相当程度希釈されるであろうことも推認され、将来、債権者らの飲用水が汚染され、安全な飲用水を確保する権利が侵害される高度の蓋然性があるともいえないから、債権者らの右権利を被保全権利とする本件申立ては理由がない。
第六 被保全権利の有無・その2―所有権及び人格権侵害の有無(債権者南夫婦)
一 はじめに
1 債権者南夫婦の主張
債権者南春信は、同人所有の字鍋ケ谷二四五二番及び同番五の土地上の債権者南宅(別紙(2)参照)に同夫婦で居住しているところ(前記第四の二の1参照)、本件処分場の設置、操業に伴い、右土地が崩壊の危機にあり、したがって、債権者南春信の右土地、建物の所有権が侵害され、ひいては、同崩壊により、右建物に居住している同夫婦は、平穏、かつ、安全な生活が根底から破壊され、身体、生命に対する危険も生じるに至っている旨主張する。
2 債務者の主張
債務者は、右土地が崩壊の危機にあることを争うのみならず、その前提として、債権者南春信の所有権が侵害されているとしても、妨害予防請求としては、権利侵害のおそれを予防するために適切な措置を講ずるように(例えば、債務者に地盤をコンクリート等で補強するように)請求することはできるが、それ以上の請求をなし得るものではないから、仮処分命令として、本件処分場の使用、操業の差止めを求めることは過度の請求であり、権利の濫用であると主張する。
3 判断
しかしながら、債権者南夫婦の主張は、債権者南春信の土地、建物の所有権のみならず、右建物(債権者南宅)に居住する同債権者夫婦の平穏、かつ、安全な生活を営む人格権に基づく本件処分場の使用、操業の差止請求であり、債務者の主張するように、右所有権のみに基づく差止請求ではない。
そして、債権者南宅敷地のこれ以上の崩落を防ぐためには、まず、同処分場の操業停止を求めるしか方法はなく(次いで、同処分場敷地を従前どおりに回復するための植栽や、地盤の強化のための措置等を求めることになり、それらの前段階として、同債権者らとしては、その操業の中止を求めるほかに有効な手立てはない。)、また、人の身体、生命の安全は、最高に尊重されなければならないものであって、これが危険に侵され、平穏、かつ、安全な生活を営むことができない事態に至る高度の蓋然性が認められる場合には、人格権に基づき、まず、当該侵害行為の差止請求ができるというべく、それを権利の濫用というのは当を得ないものと解される。
そこで、以下、債権者南夫婦の右のような人格権が侵害されているかどうかにつき検討を加える。
二 本件処分場の形状及び地質
1 本件処分場の形状
本件処分場は、南端が欠けたお椀状の傾斜地であって、別紙(3)のとおり、樹枝状に谷部を形成し、それぞれの斜面は急傾斜であり(乙二〇、二一。このことは、佐賀大学理工学部教授岩尾雄四郎(地盤工学)も急峻な地形である(乙二六の2の一頁)と表現し、承認しているものと解される。)、同処分場北端部及び債権者南宅並びに同処分場南部のえん堤部との間には標高差がいずれも約八〇m以上あり(甲一三〜一八)、同処分場内には、傾斜度三〇度(急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律二条一項は、傾斜度が三〇度以上である土地を急傾斜地と定義している。)以上で、かつ高さが三m以上の傾斜地が多数箇所にわたって存在し、当初計画による同処分場北端部付近の投棄口(別紙(4)参照)直下には大きな崩壊跡があり、同処分場外(えん堤下方)には治山ダム(砂防ダム)が設置されていること(甲一一の写真1〜3、二四の写真31、乙二の肩数字14〜17)、債権者南宅は、約五m幅の二四五二番六の土地を挾んで同処分場北端部と接し、谷頭に接近していること(別紙(2)〜(5)参照)が一応認められる。
2 本件処分場の地質
(一) 本件処分場の地表部は、全般的に、層厚0.4ないし0.9m内外の粘性土及び砂質土よりなる表土におおわれており、N値の実測はないが、柔らかい地層である(乙二の肩数字68及び各土質柱状図)。
なお、N値とは、地盤の強度を現地で求める標準貫入試験の方法による結果の表示方法であり、三五あるいは五〇が測定値の上限である(乙二六の2の三頁)。当裁判所に顕著な事実によれば、N値一とは、標準貫入試験用サンプラーが三〇cm貫入するのに要する打撃回数一のことであり、砂の種類の場合、N値との関係は、N値四未満は「非常にゆるい砂」、N値四ないし一〇は「ゆるい砂」、N値一〇ないし三〇は「ふつうの砂」、N値三〇ないし五〇は「密な砂」、N値が五〇を超えると「非常に密な砂」と表現され、粘土の種類の場合、N値との関係は、N値二未満は「非常にやわらかい粘土」、N値二ないし四は「やわらかい粘土」、N値四ないし八は「ふつうの粘土」、N値八ないし一五は「かたい粘土」、N値一五ないし三〇は「非常にかたい粘土」、N値が三〇を超えると「固結した粘土」と表現されている(実教出版株式会社平成五年二月一〇日第一九刷発行・「図説建築用語事典」四三頁参照)。
(二) 右(一)の下層の一部に、礫混じり砂よりなる層厚1.6mの堆積土があり、三二cm貫入するのに要する打撃回数三を要し(したがって、N値は約2.8)、相対密度は「ゆるい」の範囲にある(乙二の肩数字68及び各土質柱状図、特に同図No.3の土質柱状図)。
(三) 右(一)及び(二)の下層に、木片・腐植物等が混入し、含水多く、砂粒子は細〜粗砂よりなる層厚1.00〜2.40の堆積土(粘土質砂・粘土混じり砂)があり、N値は1.5ないし6.0を示し、相対密度は「非常にゆるい」〜「ゆるい」の範囲にある(乙二の肩数字68及び各土質柱状図、特にNo.3〜5の各土質柱状図)。
(四) 右(三)の下層に、相対密度は、「非常に密な」範囲にあり、非常に締まった基盤であって、N値が五〇以上を示す層厚7.10ないし10.00mの礫混じり砂、固結砂・砂礫の互層の碩南層群(乙二の肩数字69及び各土質柱状図。これが、岩尾雄四郎のいう「碩南層群Ⅰ」と思われる。)と、相対密度は「中位」〜「密な」範囲にあり、N値が一四ないし三一を示す層厚9.20ないし10.00mの凝灰岩の碩南層群(これが、岩尾雄四郎のいう「碩南層群Ⅱ」と思われる。)がある(ただし、一部は、N値五〇以上を示す軽石凝灰岩よりなり、相対密度は「非常に密な」範囲にある。乙二の肩数字69及び各土質柱状図)。
以上の事実が一応認められる。
三 本件処分場と地すべりの関係
1 右二の事実によれば、本来、本件処分場の表層部は、地すべりの危険性の高い地盤、形状であると一応推認される。
2 債務者は、同処分場中央部には、南北二二〇m、東西約一〇m、標高差約三七mの旧国有水路部分があり、現状においては、それが更に拡張されているほか、沈澱槽、コンクリート片による仕切り堤、小えん堤など、緩衝地域、緩衝施設が設けられているのであるから、それだけ傾斜による危険性は少なくなっていると主張するが、同主張を考慮しても、右1の推認は左右されず、また、同処分場は、地すべり等防止法三条に基づく地すべり防止区域や急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律三条に基づく急傾斜地崩壊危険区域の指定はされていない(乙九)が、地すべり防止区域とは、地すべり区域(地すべりしている区域又は地すべりするおそれのきわめて大きい区域)及びこれに隣接する地域のうち地すべり区域の地すべりを助長し、若しくは誘発し、又は助長し、若しくは誘発するおそれのきわめて大きいものであって、公共の利害に密接な関連を有するものにつき主務大臣が指定するものであり、その指定は、同法の目的を達成するため必要な最小限度のものでなければならず(地すべり等防止法三条一、二項)、急傾斜地崩壊危険区域とは、崩壊するおそれのある急傾斜地(傾斜度が三〇度以上である土地のこと。急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律二条一項)で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、当該急傾斜地の崩壊が助長され、又は誘発されるおそれがないようにするため、同法七条一項各号に掲げる工作物の設置、立木竹の伐採、土石の採取その他一定の行為が行われることを制限する必要がある土地の区域につき、都道府県知事が指定するものであり、その指定は、同法の目的を達成するため必要な最小限度のものでなければならない(同法三条一、二項)のであるから、右各指定がないことも、右1の推認を妨げるものではない。
四 本件処分場開発、操業による地すべりの危険性の増加の有無
1 ところで、本件処分場開発のため、債務者が大規模な森林伐採を行った結果(債務者の森林伐採届(甲五二の2)では、本件土地(五)ないし(八)について5.69ヘクタールにわたり、三五年生のスギ、マツ、四〇年生の雑木を皆伐、猪原吉彦名義の伐採届(甲五三の2)では、本件土地(九)(債権者南宅南側部分)について伐採面積1.26ヘクタールにわたり、三五年生マツを皆伐となっている。また、本件土地(七)は猪原吉彦が植林を行っていた場所で木が多く、本件土地(三)・(五)も同様で(乙二五)、二四五二番六山林(別紙(2)参照)にも同人の植林箇所があったが、これも伐採された。同処分場付近の、昭和五〇年二月一三日撮影の航空写真(甲五一)及び平成二年四月二九日撮影の航空写真(甲五八の写真1)と現状の比較においても、同処分場内で大規模な伐採が行われたことが推認される。)、同処分場の大部分が裸地となった(甲三の写真①―2、②〜⑩・⑪―2・⑫―2、二〇、二四の写真1〜12・15、三六の写真1・6〜10・13・17〜20)ことが一応認められるから、右森林等による保水、地盤維持機能(甲四三の三四〜三七頁)も期待できなくなったと一応推認される。
2 債務者の当初計画によれば、別紙(4)のとおり、本件処分場北部標高約一四〇m地点に投棄口を一箇所設置し、そこから産廃の投棄を行うというもので、現に操業開始当初、同所から下方の斜面に向けて産廃の投棄が行われていたが、このような投棄方法を前提とする以上、同処分場北部斜面上付近から廃棄物が堆積されていくのであるから、債務者主張のサンドイッチ工法を実施することは極めて困難と考えられる(債務者も、平成六年五月一八日から同年七月二〇日にかけての調査結果に基づく同年七月二六日付け「野津原産業廃棄物最終処分場に係る埋立て検討・報告書」(乙四九の1〜13。以下「本件報告書」という。)によれば、サンドイッチ工法の実施が可能であることを強調するが、このことは、当初計画によっては同工法は困難であったことを自認するものと言えよう。)ところ、京都大学防災研究所の中川鮮は、平成五年八月付け意見書(甲二四)、平成六年五月付け意見書(甲三六)及び同年八月付け意見書(甲五八)において、
(一) 同処分場の地形は、樹枝状に谷が発達し、斜面が急傾斜であること、そのため、同処分場のほぼ全体を集水域として、その最下部で絞りこまれた閉塞流域で表流水が全て集まること、同処分場は、山地の急斜面と谷を利用したものであり、谷頭に接近している債権者南宅にとっては、南側の下部斜面の掘削等が、同宅地の地盤崩壊を起こす要因となるもので、また、同処分場内に斜面崩壊箇所も見られるが、右崩壊は、斜面形が急であり、崩壊深が浅いことが特徴の表層崩壊型で、単一斜面に崩土が少し堆積していれば一定以上の雨水で崩落する種のものである(甲二四の四〜五頁)。
(二) 地質は、碩南層群の粘土、礫混じり砂、凝灰岩が分布し、表層崩壊が多発している(甲二四の五頁)。
(三) 同処分場の地盤は、碩南層群の岩石類分布の特徴を呈しており、急斜面に顕著に形成している表層土がほぼ全域を覆っていて、尾根部に厚く、谷部に薄い残積土層となっており、基岩の相対的な難透水層と関連して、かつては、繁茂する植生という被覆によりそれなりの安定状態が成立していたが、それを除去したことによる雨水の浸透により、浅い崩壊を引き起こしやすくなっている(甲二四の五〜七頁)。
(四) 谷の部分に盛土をしても、やがては谷が本来もっている谷化の現象で元の谷に戻ることはよく知られたことであり、この谷に土砂の投棄を行えば、土砂流出の危険が発生することになるところ、工学的性質の判明しない産廃が継続して、斜面に投棄されることで、右谷化現象により多量の土砂流出の危険が増加する結果(甲二四の五頁・九頁、甲三六の四頁・九〜一〇頁)、同処分場において崩壊が発生しやすくなる。
その証左として、平成五年四月と九月の時点で多くの崩壊の発生、土砂の崩落、流出が認められる(甲三六の写真3〜10、甲五八の四頁)。
(五) 同処分場の森林が伐採されたことによる雨水流水の増加、次いで土砂流出(甲三六の八〜九頁及び写真3〜5、甲五八の四頁)が起きている(甲二四の六頁)。
(六) 同処分場の表層地質が透水性のよい浅い表土と、相対的な難透水層の浅い基岩の二層構造であるため、雨水が多くなれば表層土の流動化が始まり、急傾斜であることとあいまって、不安定な表土に小崩壊が発生しやすくなる(甲二四の七頁、九〜一〇頁、甲三六の四頁)。
(七) 債権者南宅敷地南側二か所に設置した伸縮計による測定結果では、平成五年七月二七日(近隣での一日当たり雨量一五一mm)、約五mの地盤間隔で一日に1.5mmの伸びを記録したものがあり(これは地盤の歪み量からすれば地すべりの発生時と同じである。)、同年八月八日、伸縮計の変動記録が激しくなり、右敷地の変状が急速化してきたことを示している(甲二四の九頁)。現に、同年九月、債権者南宅敷地は二箇所で小さい崩壊が生じた(甲三六の写真13・16)が、このような状態から、同敷地周辺では地盤変動が発生していると思われる(甲三六の一一頁)。
債務者により設置された同敷地南側直下の伸縮計による平成六年二月一三日から同年三月一三日までの測定結果においても、雨天時の同年二月一五日(一日雨量二六mm)、同月二〇日(同三三mm)、同年三月一二日(同19.5mm)の各日に、債権者南宅が同処分場方向に崩落している運動方向を示しており、このことが、地すべりの発生を意味するものではないにしても、雨量と変動量は有意な対応関係にあり、雨量の多寡に比例する変動の危険性を示している(甲三六の四〜七頁、甲五八の六頁。)。
以上のとおり、その問題点及び同処分場による債権者南宅敷地崩壊の危険性を指摘している。
3 果たして、本件処分場操業再開後の平成五年八月一四日、同処分場えん堤西部において地すべりが生じて排水設備の一部が損壊され(甲四二の写真8)、同年九月、同処分場北部の当初の投棄口に近いコンクリートで補強された債務者事務所直下部分が崩壊し(甲二八の2)、台風がきた同月四日、債権者南宅直下の斜面部分等(甲二三の写真1〜14、甲三六の写真13・16)、同処分場南部斜面(甲三六の写真6・7)、同処分場西部(甲三六の写真9)において地すべり、土砂崩れが生じたことが一応認められる。
債務者は、同年九月四日の崩壊は台風による被害であり、土砂崩れ等の発生は同処分場に限られないと主張するが、わが国に台風はつきものであることを考慮すれば、台風の結果であるとしても、同処分場地盤の脆弱性を示すものであることに変わりはない。
4 まとめ
以上によれば、債権者南宅敷地は、もともとそれほど強固ないし安定した地盤であるとも思えない土地である(このことは、岩尾雄四郎も、債権者南宅の地盤は風化堆積物の一部を掘削し、あるいは埋め立てたものであると推測され、このような箇所では、同処分場の操業とは無関係に、降雨時にクリープ変形(載荷荷重は増加しないのに変形が増加する現象)をし、その進展によっては崩落に至ることがあるといって、承認しているものと解される。乙二六の2の一頁の(5)及び二頁の3、四頁)ところ、債務者によって、債権者南宅敷地のすぐ側から始まる同処分場は周辺樹木が広い範囲において伐採されて裸地となったため、樹木の有する地盤保持機能もほとんど期待できなくなった上、右2の(四)及び3で認定した同処分場内の崩壊の状況等を合わせ斟酌すると、今後、同処分場における産廃の投棄、埋立ての継続により(廃プラスチック類が廃棄物中にある場合の地盤安定に対する悪影響は本件報告書も指摘し(乙四九の1の一九頁)、この点につき、債務者も廃プラスチック類を別の場所にまとめて埋設しており、今後もその予定であると主張している(乙四八、五七の第八項)くらいである。)、基盤となる岩盤上に、表層土の層に加えて産廃による層が益々増加し、同処分場の、特に斜面部の安定性が損なわれて同処分場表土の大規模な崩壊が生じ(岩尾雄四郎も、後記5の(一)のとおり、同処分場表層部に分布している阿蘇火砕流堆積物(火砕流とは、高温の岩石粉や軽石がガスとともに噴出する現象)、碩南層群Ⅱ、段丘堆積物、崖錘・風化堆積物については、固結度も少し劣り、急崖に残留しているので、剥離して崩落している箇所があり、強度の降雨や地震によって崩落し、場合によっては泥流状になることも予測されるといっている(乙二六の2の二頁)。)、ひいては、谷の本来有する谷化現象として、債権者南宅敷地まで一気に崩壊する高度の蓋然性が生じていることが一応推認される。
5 これに対し、岩尾雄四郎は、平成六年三月付け書面(乙二六の2)において、
(一) 本件処分場表層部に分布している阿蘇火砕流堆積物、碩南層群Ⅱ、段丘堆積物、崖錐・風化堆積物については、固結度も少し劣り、急崖に残留しているので、剥離して崩落している箇所があり、強度の降雨や地震によって崩落し、場合によっては泥流状になることも予測されるが、埋め立ての段階でこれらを適宜削り取ったり安定処理等(安定処理剤(固化剤等)を土に混和したり、地盤に注入して強度を増加する技術のこと。乙四四の三頁)を行うことにより防止でき、同処分場谷部分に築造されている仕切り堤は泥流の防止に有効である(乙二六の2の二頁)。
(二) 同処分場全域に分布する碩南層群の軽石凝灰岩(軽石と火山灰が固結したものの岩石名)は、標準貫入試験結果で極めて良好な値が得られており、浸食に対する抵抗力は強く、浸食面が急崖をなしても、安定する傾向が強い。地形的には急峻であるが、地すべりの徴候は認められず、地すべりが発生しやすい地質ではない(乙二六の2の二頁)。
(三) 債権者南宅敷地下方に設置された伸縮計は、原地性(地質が構成された場所に存在すること)あるいは異地性(地質が構成された場所と異なった場所に存在すること)の区別は難しい風化堆積物と碩南層群Ⅱの間における伸縮を計測しているが、降雨時に地すべりを示す一日当たり数mm以上の値が連続的に生じるような記録は得られていない(乙二八)ので、現状では同処分場を原因とする地すべりが生じているとは認められない(乙二六の2の二〜三頁、乙四四の四頁)。
等との見解を示し、中川鮮の指摘する問題点を否定しているが、右(一)の見解にしても、埋め立ての段階で安定処理等を行うという条件付であり、しかも、平成五年四月と九月の時点では、右2の(四)で指摘した崩壊及び右3のえん堤西部における地すべりによる排水設備の一部の損壊及び崩壊、地すべり等を防ぎ得なかったのであり、また右(二)の見解は確たる根拠を見い出し難く、右(三)の見解も右2の(七)の見解の不当であることを意味せず、到底右4の判断を左右するに足りない。
6 今後の投棄、埋立て計画について
(一) 債務者は、今後の本件処分場における投棄、埋立ては、本件報告書(乙四九の1〜13)に従って、同処分場南端の底部から先行して行うので、サンドイッチ工法の実施が可能であり、また、十分な排水計画のもとに、仮堤体を築造しながら斜面状に埋立てを行っていくので、十分な安定性を有することになると主張する。
確かに、同報告書によれば、サンドイッチ工法の実施が可能となり、また、同報告書に基づく安全な堤体と貯排水施設を施し、法面や法面肩附近の締め固めを慎重に行い、盛土の安定に留意し、観測施工によって十分な監視等を行うことにより、安全性を確保することは可能のように思われないでもない。
(二) 債権者南夫婦は、同報告書の内容は、廃掃法一五条の二第一項本文に該当し、知事の許可を受けなければならないものであるから、その許可を受けていない段階で、これに基づき、同処分場の安全性を主張することは許されないと主張し、債務者は、同報告書の内容は、同条項ただし書にいう「厚生省令で定める軽微な変更」に該当する旨主張するので検討するに、右厚生省令である廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則一二条の八によって準用される同規則五条の二は、軽微な変更を「主要な設備の変更を伴わず、かつ、処理能力の一〇パーセント以上の変更を伴わない変更」と定義し、同規則一二条の九第一項七号が「変更のための工事の着工予定年月日及び変更後の使用開始年月日」その他を記載した申請書の提出を規定していること等に照らすと、債務者の主張が正当と解される。
(三) しかしながら、中川鮮は、同報告書が本件処分場の埋立て計画の安全性の基礎としている盛土の許容安全率1.00の設定や、これは、「盛土の地震時における安定については、主要因である材料の動的強度や地震時の間隙水圧等について現在もなお不明な点が多く、常時のように明確な数字として表したものがない。また、地震力が原因で盛土が破壊した例も少ない」が、「現象が極めて短時間に生じること、発生頻度が極めて少ないことを考慮し」た結果である(乙四九の1の六頁)としていることに対し、過去に深刻な地震を経験しているわが国では、許容安全率1.00の設定では低すぎ、まして、すべての埋設が終了した後の本件処分場の跡地を宅地としたり、公共施設を建設する(乙二四の第一項、乙五七の第九項)ことを十分に想定したものであれば、地震時の許容安全率は1.2以上と設定するべきであるとして、その問題点、危険性を指摘しているし(甲五八の八〜九頁)、また、岩尾意見書は、安全な埋立て方法として、「現えん堤の内側には降雨時の泥水を沈澱させ、上水のみを集排水する施設を設置しながら、埋立てを行う必要がある。局所的に透水を妨げるような部位の生じないような埋立計画でなければならない」旨指摘している(乙二六の2の三頁)が、えん堤内に沈澱池を維持しながら、同報告書の第一段階から最終段階まで進む埋立計画(乙四九の1の一九頁、乙四九の2〜11)が、どのようにして現場で実行していけるか疑問であるとの指摘(甲五八の九頁)に対する債務者の回答は見られない。
五 えん堤の安全性
1 えん堤の決壊事故
(一) 本件処分場には、樹枝状に発達した谷の南部最下部の狭窄部を利用し、同所谷部を閉塞する形で、既に、長さ約七〇m、高さ約二〇mの堤体が設置されており(乙四九の1の三頁)、本件報告書により、今後は、右既設堤体で産廃の流出、崩壊を防ぎ、堤体の安定及び雨水排水の安全性から、堤体部分を先行盛土し、十分な排水対策を行いながら、低部から先行して産廃の投棄、埋立てをサンドイッチ方式により実施し、順次盛り上げ、約二〇回にわたり繰り返していくことが予定されている(乙四九の1の三頁・一九頁)から、同報告書に従う限り、右既設堤体の基盤となるえん堤(ダムやせき止めるもの。乙二六の2の四頁)の強度は、同処分場の安全性に重要な意味を有すると解される。
しかして、右えん堤については、碩南層群Ⅰの軽石凝灰岩を削り取った掘削土を締め固めて築造され、鉄筋その他の支持材料も使用されておらず(乙二六の2の二頁)、右設置にあたり、力学的試験等は実施されていない上、同処分場設置工事中の平成四年四月二八日から二九日にかけての降雨一五〇mmにより右えん堤が決壊し(当事者間に争いがない。)、右えん堤部のほぼ半分が深く削られて、同処分場内部から大量の土砂、濁水が流出し、右えん堤部分に設置されていたU字溝も完全に崩壊した(甲二四の写真24〜26・31・32。前記第二参照)ことが一応認められる。
(二) 債務者の主張
債務者は、右(一)の事故は、本件処分場内に残存していた枯木が豪雨により同処分場内に設置していたふとんかご(網状の容器に石を詰めたもの。乙二六の2の四頁)部分に集積し、その枯木でできたせき(堰)の隙間に、同処分場の表土部分の軟弱土が堆積した結果、集水口に流れ込むべき雨水を遮る形となり、雨水がえん堤前部に集積してプール状となって、えん堤上部をオーバーフローした雨水が、えん堤上底部の雨水排水升に集中したため、同升の排水能力を超え、雨水が同升周辺のえん堤上底部埋土部分及び同升に続く東側排水路(U字溝)の基礎地盤を浸食し、えん堤上底部の一部及び右U字溝を下方へ押し流したものであり、えん堤ないし同処分場の構造上の欠陥を原因とするものではないと主張し、岩尾雄四郎も、同主張を支持する(乙二六の2の二頁)。
(三) まとめ
しかしながら、右(一)のような大規模な事故が、右(二)の債務者の主張するえん堤の排水機能が阻害された程度で生じたのであれば、地形的にも本件処分場内の雨水が同所に集中することに照らし、これはえん堤の構造状の欠陥を一応推認させるに足りるものということができる。
2 反対証拠について
(一) えん堤の補修、改善工事
債務者は、右1の(一)の事故を契機に、大分県の指導を受けて、平成五年八月一日の本件処分場の操業再開までに、えん堤の復旧改善工事として、排水機能の阻害の原因となったふとんかごを撤去し、えん堤北側に、排水機能確保のため、クラッシャラン(砕石)、栗石等を敷き詰め、えん堤、クラッシャラン層の中に、計算上三〇年確率の雨水を排水できる能力を有する排水用ヒューム管を敷設し(乙四九の1の一四頁)、右ヒューム管の集水口北側に、コンクリート廃材による小えん堤、沈澱池を設け、集水口が機能しなくなった場合に備えて立上り排水管を、右排水機能が阻害された場合に備えてえん堤上底部からえん堤にかけてU字溝を設置する等の排水機能を強化、改善工事を行い(乙三五の1・2)、その結果、同年四月二八日を上回る同年九月三日の降雨の際(大分市における九月三日の一日雨量は四一四mm、最大時雨量は一八時の八一mm(乙二七)であった。)、えん堤にはなんらの問題も生じなかったことが一応認められる。
債務者は、このことは、えん堤に問題があったとしても、それが解決されたことを物語ると主張するが、右九月三日のときは、債務者において、えん堤をビニールシートで覆っていた(甲五四の写真1・2)ことに照らすと、債務者の右主張を当然に支持できるかどうか疑問である(岩尾雄四郎は、雨水がえん堤を越流した場合ビニールシートで洗掘崩壊を防ぐことができないことは常識であるというが(乙六五の五頁)、地盤の地すべりや堤防の決壊予防にビニールシートで当該危険箇所を覆うことが有効であることも常識であるから、右疑問は氷解しない。)
(二) 岩尾意見書
岩尾雄四郎は、右えん堤は、主に碩南層群Ⅰの軽石凝灰岩を削りとり、これを材料に築造されているところ、締固め状況から判断すると、十分な強度を有しており、今後とも、排水機能を確保した埋め立てが行われれば、安全は確保されるというが(乙二六の2の二頁)、これも、「今後とも、排水機能を確保した埋め立てが行われれば」という条件付きである。
(三) 本件報告書による排水計画
同報告書は、今後埋立てが進行するに従い、既設の排水施設の機能が十分発揮できなくなるため、埋立計画にマッチした排水計画とする必要があり、そのため、三〇年確率降雨強度式を使用した計画に基づき、既設ヒューム管をメインとし、新しくU型フリューム内部にポリエチレン管を設置してバイパスとして利用し、ヒューム管をオーバーする雨水をバイパス管に導く構造とするとともに、堅型集水塔を設置することを提言しているところ(乙四九の1の一四ないし一八頁)、債務者は、これに従う予定であると主張する(乙五七の第八項)が、そうとすれば、債務者は、乙二(環境調査報告書)の作成段階(これが、平成四年二月一七日、債務者から大分県知事に提出されたものであることは債務者が自認する。)において、本件処分場の埋立計画や安全性についてどのように考えていたのか、当初計画がその安全性において不十分であったことを自認するものではないか、事前の十分な調査、安全性の確認、計算もなされずに乙二は作成されたのではないかとの疑問は払拭し得ず、今後とも、同処分場操業による債権者南夫婦の安全を確保する基本的な姿勢をとり得るものかどうか疑問を抱かざるを得ない。
(四) 以上の検討によれば、右1の(三)及び前記四の4の各推認は覆らない。
六 被保全権利と受忍限度の有無
以上によれば、もともとそれほど強固ないし安定した地盤であるとも思えない債権者南宅敷地は、約五mの二四五二番六の土地を挾んで、本件処分場にほとんど隣接しているところ、同処分場の安定性の基盤であるえん堤の構造状の欠陥も一応推認され、今後の同処分場における産廃の投棄、埋立ての継続により、基盤となる岩盤上に、表層土の層に加えて産廃による層が益々増加し、同処分場、特に斜面部の安定性が損なわれて、同処分場表土の大規模な崩壊が生じ、ひいては、谷の本来有する谷化現象として、債権者南夫婦が居住している債権者南宅敷地が一気に崩壊する高度の蓋然性が生じていると一応推認されるから、債権者南春信の右土地、建物の所有権が侵害され、ひいては、同債権者夫婦は、債権者南宅における平穏、かつ、安全な生活が根底から破壊され、身体、生命に対する危険も生じるに至っている高度の蓋然性が一応推認される。
債務者は、同処分場における事業は公共的な性質を帯びており(乙一)、同処分場の埋立てが完了した後は、同地に一般住宅用宅地又は公共施設の建設用地としても計画しており、その公共性は高いから、同債権者らに権利侵害のおそれがあるとしても、受忍限度の範囲内であると主張するが、前記したとおり、身体、生命の安全は、最高に尊重されなければならないことは明白であるから、債務者主張の右公共性を斟酌しても、右権利侵害の高度の蓋然性は、受忍限度を超えるものであり、本件申立ての被保全権利の存在を肯認しうるというべきである。
第七 保全の必要性について
前記第六の六の説示によれば、本案訴訟の結論を待っていては、債権者南夫婦に取り返しのつかない身体、生命に対する著しい損害発生の高度の蓋然性があり、同損害が発生した後で、債務者による被害回復を期待することは不可能であると解されるから、債務者の本件処分場における事業が公共的な性質を帯びていることを斟酌しても、同債権者らについて、保全の必要性が一応認められる。
第八 結論
以上によれば、債権者南夫婦の債権者南宅での平穏な生活を営む権利(人格権)に基づく本件処分場の使用、操業の差止めを求める本件申立ては理由がある(なお、事案の性質上、担保を立てさせない。)。
(裁判長裁判官簑田孝行 裁判官森冨義明 裁判官石井久子)
別紙(1) 土地目録<省略>
別紙(2)〜(6) <省略>